就任1年目のマシュー館長に、美術に対する想い、ボストン美術館について、そして、初めての日本の印象を伺いました。

(昨年のマシュー館長就任に寄せた馬場駿吉館長からのお祝いの言葉はこちら

 

アートギャラリー・オブ・オンタリオ(カナダ・トロント)をはじめ、何年もの美術館勤務の経験をお持ちです

美術館勤務で大切にしていることは何ですか

 

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ボストン美術館 11代目館長 マシュー・テイテルバウム館長
名古屋で11年ぶりにやってきた、ボストン美術館の顔とも言えるルノワール《ブージヴァルのダンス》の前で

「アートは人々の考え方を変える」「アートは地域のコミュニティーを作る」「アートは新しい文化のつながりを助ける」という信条を大切にしています。

画家を父に持ち、私はずっと美術の世界を生きてきました。そんな私の経験を通して信じるようになったのが、作品と向き合うということは、目で見るだけではなく、作家が込めた想いや考えを知ることだということです。表現されているものが「作家にとってなぜ重要なのか」、この問いに真剣に向かい合うことで、同じ作品に出会った人同士の間に会話が生まれます。例えば、それが社会に対してどういう意味を持つか、などをテーマにして。その会話が生まれるために、美術館が果たす役割はとても大きい。社会に対する力強く前向きな貢献だと考えます。

 

ボストン美術館を誇りに感じるところはどこですか

ボストン美術館は偉大なコレクションを持つ素晴らしい美術館です。この1年間、館長として美術館で過ごしてきて、より一層その思いを深くしました。木の年輪のように、ボストン美術館は様々なコレクションを持ち、それらがしっかりと繋がり合っています。この素晴らしさをより多くの皆さんと共有したいと思ってい ます。

美術館で働くということは、大変光栄なことであると同時に、義務を負っているということだと考えます。作品を大切に保存し、記憶に残る形で広く公開する。ボストン美術館のスタッフがこの義務を果たそうとまい進する姿勢に、とても感心しています。

 

美術館の館長として、嬉しく感じる瞬間はどんな時ですか

一緒に働くスタッフたちが、自分の夢や志に気付いた時、そして、彼ら彼女らが仲間と共にそれらを実現していく姿を目にする時です。インスピレーションを受けて、チームが作られ、夢が達成される瞬間を目の当たりにできるのは嬉しいことです。

とても満足する瞬間は、美術館が“忙しくしている”時です。美術館が、美術にまつわる多様なアクティビティで活気づいている時にワクワクします。

 

ボストン美術館の45万点ものコレクションから選んでいただくのは難しいと思いますが、お気に入りの3作品を教えてください

答えになっていないと思われるかもしれませんが、実は一番のお気に入りは「私がまだ出会っていない作品」です。

美術館はいつも発見の場であるべきだと思っています。

 

しかし、せっかくの機会ですので好きな3作品をご紹介しましょう。  

 

ポール・セザンヌ《赤い肘掛け椅子のセザンヌ夫人》.jpg

ポール・セザンヌ《赤い肘掛け椅子のセザンヌ夫人》1877年頃
Bequest of Robert Treat Paine, 2nd 44.776
Photograph © Museum of Fine Arts, Boston

ますは、セザンヌが妻を描いた肖像画。質感を持ったリアルさと抽象的な要素が、夫人の衣服と壁の模様により共存しているところが気に入っています。

 

 

 

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ジョセフ・マロード・ウィリアム・ターナー《奴隷船(死者と瀕死者を海に投げ込む奴隷商人、暴風雨の襲来)》1840年
Henry Lillie Pierce Fund 99.22
Photograph © Museum of Fine Arts, Boston

次に、命を表現したターナーの《奴隷船》。ぞっとする恐怖と美が表現されているところが好きです。

 

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《アンクハフ王子の胸像》前2520-前2494年
Harvard University—Boston Museum of Fine Arts Expedition 27.442
Photograph © Museum of Fine Arts, Boston

そして、なぜこんなに美しいと感じるのか分からないのですがエジプト美術の《アンクハフ王子の胸像》。きっと“リアル”だからだと思います。この場合の“リアル”とは内側からの動きを感じられる形を持っているということです。

 

はじめての日本と名古屋ボストン美術館の印象はいかがですか

暖かく歓迎してくださりありがとうございます。

日本文化の形は私にとって新しいものですが、日本文化が人間関係に基づいている、ということを感じ、とても親近感を感じています。人間関係こそが社会の中心であると信じているからです。

名古屋ボストン美術館は、よくまとまっており美しい美術館だと感じました。市内に溶け込み、市民の身近にあることも分かり、嬉しいです。美術館はいつも丘の上にある必要はなく、人々の生活の一部であるべきだと思います。

 

日本の来館者の皆さんにメッセージをお願いします

美術の可能性を信じてください。美術館は、皆さんが集まり、経験を分かち合い、想像力を祝福する場所として、皆さんをお待ちしています。

そうそう、ミュージアムショップでのお買い物もお忘れなく(笑)。

 

マシュー館長の美術に対する深い信頼を感じました。ありがとうございました!

「ルノワールの時代 近代ヨーロッパの光と影」展の担当キュレーター クレア・ウィトナーさん(元ボストン美術館 ヨーロッパ美術部 部員)が来日!

クレアさんに展覧会の見どころ、お気に入りの作品、ご専門などを伺いました。

キュレーターの仕事に就いたきっかけを教えてください
カリフォルニア大学ロサンゼルス校の大学院で研究をしていた時、J・ポール・ゲティ美術館で働く機会を得ました。当時、美術館はクリムトやシーレなどウィーン分離派による作品のコレクションを充実させるためドイツ語を話す人材を探していたので、ドイツ近代美術を専門としていた私にとってラッキーでした。理論や文献を介してではなく、実物の作品を扱いながら研究を行ったのは初めての経験で、作品の近くで働けることにやりがいを感じました。また、学術の世界では論文の執筆のために長期間ひとりで作業することがほとんどですが、美術館での仕事は館の人々と協力してひとつのものを作り上げていきます。私にはひとりの作業よりも人々とコミュニケーションしながら作品のそばで研究をする方が性に合っていたので、美術館でキュレーターとして働きたいと思うようになりました。

 

 

《クラヴァーデルからの山の眺め》.jpg

クレアさんとお気に入りの作品《クラヴァーデルからの山の眺め》
展覧会の中のお気に入りはどの作品ですか
ドイツで19世紀後半から20世紀初頭に活動したエルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナーによる、《クラヴァーデルからの山の眺め》です。展覧会の最後に展示されている、象徴的な作品でもあります。初来日のため修復され、作品の美しさをよりよくご覧いただけるようになりました。

 

ボストンの人々にとって、ルノワールの《ブージヴァルのダンス》はどのような作品ですか

 

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ピエール=オーギュスト・ルノワール

《ブージヴァルのダンス》1883年
Picture Fund 37.375

「ボストン美術館」と聞いて真っ先に思い浮かべる作品ではないかと思います。ヨーロッパ美術コレクションの顔です。ボストンに暮らす人々に限らず、作品そのものが持つ、明るく自由な魅力は、世界中から訪れる人々にとって一度見たら忘れられないのではないでしょうか。
「ルノワールの時代 近代ヨーロッパの光と影」という展覧会においても、展覧会を一番よく表している作品だと思います。女性がまとうドレスは最先端のファッションである一方、 男性が身に着けているスーツは流行とは関係のないシンプルなもの。そして、舞台はパリからほんの15kmでも素朴な雰囲気が残るブージヴァル。「都市」か 「田舎」のどちらでもなく、そのどちらも兼ね備えている作品です。

 

展覧会をどのように楽しんでもらいたいですか
まずは、Old Friend(馴染みの友達)に会いに来る気持ちで、ルノワール《ブージヴァルのダンス》を楽しみにご来館ください。すると、キルヒナーをはじめたくさんの New Friends(新しい友達)も皆様を待っていることに気付かれることと思います。特に、展示室の後半でご紹介しているドイツ表現主義の作家は日本ではあまり知られていないと思いますので、ぜひ最後まで新しい出会いを楽しんでいただけると嬉しいです。

展覧会を担当されて新しく発見したことはありますか
数ある所蔵品の中から出品作品を検討している時に、いくつもの作品に都市のランドマークとして同じモチーフが繰り返し登場することに気付きました。例えば、ロンドンの国会議事堂はモネの油彩とルペールの木口木版に描かれています。それらを見比べることにより、同じモチーフでも表現方法の違いで与える印象が全く異なることが分かります。それは、同じ「都市」でも作家によって見え方が違っていたことでもあり、大変興味深いです。

 

モネ《チャリングクロス橋(曇りの日)》.jpg

クロード・モネ《チャリングクロス橋(曇りの日)、1900年》1900年
Given by Janet Hubbard Stevens in memory of her mother, Janet Watson Hubbard 1978.465

オーギュスト・ルペール《夜9時の国会議事堂》.jpg

オーギュスト・ルペール《夜9時の国会議事堂》1890年

Gift of Eijk and Rose-Marie van Otterloo 2010.1314

 

《田舎で働く人々のための習作(箕をふるう人)》.jpg

作者不詳、出版者 オーギュスト・ジロードン

《田舎で働く人々のための習作(箕をふるう人)》1870年頃

Ernest Wadsworth Longfellow Fund 2002.52

《田舎で働く人々のための習作(箕をふるう人)》は、画家が田舎の風景を描く制作準備に使うために売り出された写真の内の1枚ですが、都市に住む人々の可笑しさが感じられます。都市の人々が“田舎らしい”写真を買って、田舎の風景をもっと描き、都市に住む人々に売る。都市の人々にとって田舎という場所がこれほどまでにファンタジー化されていた現実を垣間見ることができ、驚きました。

 

展覧会の副題は「近代ヨーロッパの光と影」ですが、

近代の「光」と「影」をどのようなところに見ますか
「光」 と「影」は常に揺れ動いていたと感じます。都市にも田舎にもどちらも存在していました。ミレー《木陰に座る羊飼いの娘》に代表されるように、田舎には穏やかさという「光」 がある一方、ウォルター・ゲイ《機を織る人》が描いた貧困という「影」があります。オスマン男爵による改造後のパリに代表される都市には、人々がにぎやかに交流するカフェや広場という「光」がある一方、貧困や幻滅という「影」が。そういった意味で、都市と田舎は対極にあるわけではありません。どちらかが 「光」でどちらかが「影」ということがないからです。

 

 

 

 

 

 

 

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ジャン=フランソワ・ミレー

《木陰に座る羊飼いの娘》1872年 
Robert Dawson Evans Collection 17.3235

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ウォルター・ゲイ《機を織る人》1886年

Gift of Mrs. Walter Gay 39.736

はじめての日本の印象はいかがですか
皆さんとても親切に暖かく迎えてくださり嬉しく思っています。都市で生まれ育ちましたので、同じく都市である名古屋で目にするあらゆるものに興味があります。お食事がとてもおいしいです!

 

クレアさん、ありがとうございました!

3月19日(土)に開幕する「ルノワールの時代 近代ヨーロッパの光と影」展において、11年ぶりに名古屋にやってくるボストン美術館・最愛のルノワール《ブージヴァルのダンス》。展覧会は、皆様を“ルノワールが生きた時代”にお連れします。ルノワールが生きた19世紀後半から20世紀初頭のヨーロッパは、産業革命により大きな変化を迎えていました。展覧会では、「都市と田園」をテーマに芸術家たちがとらえた近代ヨーロッパの光と影をご紹介します。現代につながる生活スタイルが生まれた近代において、芸術家は社会をどのようにとらえたのでしょうか。ルノワール、モネ、ミレー、ドガ、ゴッホらによる絵画、版画、写真の89作品でご覧いただきます。展覧会に寄せた馬場館長からのメッセージをご紹介します。

 

 

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名古屋ボストン美術館 館長

馬場駿吉

19世紀後半のヨーロッパは、フランス革命の余燼(よじん)も収まり、新しい産業の興隆と社会の近代化が急速に進む時代を迎えました。劇場やショーを伴う酒場など様々な歓楽と社交の場も増えて、一般の市民もそれに参加出来るようになったのです。しかし一旦都市から離れますと、田舎に住む人の生活はまだまだ貧しさの中にありました。でもそこには都市生活者の疲れをやわらげる光やそよ風が溢れているのをあらためて認識することになり、美術家たちの関心も都市の様相の一方で、田園の風景や農事にいそしむ人の姿、あるいはそこを訪れ、心を解放する都市生活者の姿へと向かうようになりました。今回の展覧会はそのような時代を最もよく象徴するルノワールの《ブージヴァルのダンス》を中心とするボストン美術館所蔵名品によって、彼と同時代の作家たちが、その後現代まで受け継がれる“都市と田舎”というテーマにどのような視線を注いだかを見ていただけるように企画いたしました。どうぞお楽しみください。

ボストン美術館(ヨーロッパ美術部)の「ボストン美術館 ヴェネツィア展 魅惑の都市の500年」担当キュレーター フレデリック・イルチマンさんが来日!ヴェネツィアの18世紀のコスチュームをまとってインタビューに応じてくれたイルチマンさんに、ヴェネツィアと展覧会への想いを伺いました!

 

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フレデリック・イルチマンさん

(ボストン美術館 ヨーロッパ美術部 部長 キュレーター)

ヴェネツィアにはとても思い入れがあると伺いました
イルチマンさんがヴェネツィアと出会ったきっかけを教えてください

子どもの頃、水の路(みち)や運河があって人々が船で移動する町があると聞き、「なんて素敵で、おとぎ話のような町なんだろう!」と好奇心を掻き立てられたのがきっかけです。1985年に初めて実際に訪れ、ゴンドラが行き交う様を目の前で見た瞬間に「こんな夢のような場所が本当にあるんだ」と一目で恋に落ちました。小さな町ですが、ゴンドラで、徒歩で、少し移動するだけでまったく別の表情を見せるところに魅了されます。夜がとても静かなところも好きです。

ヴェネツィアのお気に入りの場所・おすすめの場所はどこですか
学生の時にヴェネツィアに5年間住んでいました。実は、大学院ではイタリア美術を専攻し、特にティントレットについて研究していました。住んでいた家はティントレットの家から徒歩10分、ティツィアーノの家から5分という場所です。
おすすめしたい場所は2つ、それぞれとても近い建物です。ひとつめは、サンタ・マリア・グロリオーザ・フラーリ聖堂。ティツィアーノによる大作をはじめ、素晴らしい作品が所狭しと展示されています。その教会のすぐそばにあるのが、スクオーラ・グランデ・ディ・サン・ロッコ(サン・ロッコ大信徒会)。ティントレットが1564~1588年の24年をかけて壁と天井に描いた絵画を堪能することができます。それらは、ティントレットが所属していたキリスト教の集まりのためのものでした。彼のあつい信仰心を表すモニュメントともいえるでしょう。絵画に包まれることができるこれら2つの建物がお気に入りの場所です。

イルチマンさんも所属する“Save Venice(ヴェネツィアを救おう)”の活動について教えてください
1966年11月に大洪水がヴェネツィアとフィレンツェを襲いました。フィレンツェでは多くの人々が亡くなりましたが、もともと水と共に生活していたヴェネツィアの人々は乗り切ることができました。しかし水に浸かった建物への被害は甚大です。アメリカには“イタリア美術を救う会”というグループが前からありましたが、その後その中から派生したのが“Save Venice(ヴェネツィアを救おう)”です。ヴェネツィア(ムラーノ島などの島を含む)の絵画、モザイク画、フレスコ画、建築物、彫刻、書籍などを保存・修復するお手伝いをしています。図書館などの施設を支援することもあります。大きな団体ではありませんが、その分、小回りがききます。建物内の絵画から雨漏りが見つかればすぐに手当てをする、といった具合です。実は、“Save Venice”はボストンで発足しました。ボストニアンのヴェネツィア芸術に対する情熱のもうひとつの形といえるでしょう。
 

 

 

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ロレンツォ・ロット《聖母子と聖ヒエロニムス、トレンティーノの聖ニコラウス》1523-24年
Charles Potter Kling Fund 60.154

展覧会の中のお気に入りの作品を教えてください
どれも好きなので難しい質問ですが…強いて挙げるのであれば、ロレンツォ・ロット《聖母子と聖ヒエロニムス、トレンティーノの聖ニコラウス》 (1523-24年)です。近年の修復を経て、大変良いコンディションでご覧いただけますし、とても美しく、また重要な作品です。キリスト教の重要な聖女として並べて展示しているバルトロメオ・ヴィヴァリーニ《マグダラの聖マリア》(1480-90年頃)とティツィアーノ・ヴェチェッリオ《アレクサンド リアの聖カタリナの祈り》(1567年頃)と一緒にご覧いただくことで、時代による表現と技術の変化も見ることができます。

 

 

時代は下って、クロー ド・モネ《ヴェネツィアの大運河》(1908年)も大好きな作品です。同じくサンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂を題材にしたアベラルド・モレルの写真作品《サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂》(2006年)も、どうぞお見逃しなく。室内にヴェネツィアの景色を逆さに映し出すというアイデアが好きです。本作を見て思うのは、ヴェネツィアで生まれた芸術を考える時に“reflection(反射)”というキーワードが挙げられるということです。これは水の反射という物理的なことだけでなく、海外からきた芸術家たちにインスピレーションを与えるといった広い意味でも言えるでしょう。

 

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クロード・モネ《ヴェネツィアの大運河》1908年
Bequest of Alexander Cochrane 19.171

Photographs ©2015 Museum of Fine Arts, Boston.

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アベラルド・モレル《サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂》2006年
The Lane Collection L-R 309.2012
©Abelardo Morell, Courtesy Edwynn Houk Gallery

展覧会でぜひ注目してほしいポイントはどこですか

展覧会をご覧になる皆様へのメッセージをお願いします
これだけの規模の展覧会ができる町を、ヴェネツィアの他に知りません。
そこで、私たちはこの魅惑の都市をひとつの美術ジャンルやある時代だけで切り取ることはせずに、ヴェネツィア芸術のすべての側面を見ていただくために130 作品を選びました。ぜひ、ヴェネツィア芸術の多様性にご注目ください。多くの発見があることに、きっと驚かれるはずです。展示は、「比類なき都市」「描かれた祈り」「ヴェネツィア様式」「芸術家たちを魅了する町」というテーマ別の構成になっています。外観から町の中に入り込むように展示していますので、 ヴェネツィアの町を散歩するように展示室の中を行ったり来たりしながら、太陽の光や水面を感じ、時にはゴンドラの姿を見つけ、ゆったりとリラックスした気分で楽しんでいただけると嬉しいです。

 

イルチマンさん、ありがとうございました!

世界中の人々に愛される水の都ヴェネツィアの美をご紹介する「ボストン美術館 ヴェネツィア展 魅惑の都市の500年」が、2015年9月19日(土)に開幕します。

俳人でもある馬場館長は、十数回にわたるヴェネツィア渡航体験の中で街の魅力に魅せられ、多くの句を詠んできました。

カーニヴァルのきらびやかな衣装、音楽や演劇への貢献から、訪れる者に劇場的な印象を与えるヴェネツィア展覧会に寄せた馬場館長からのメッセージを、館長の俳句と共にご紹介します。

 

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名古屋ボストン美術館 館長

馬場駿吉

廣場(カンポ) まるごとが劇場(テアトロ) 春日傘

 

Tutto il Campo è un teatro
e un parasole
di primavera

(『海馬の夢-ヴェネツィア百句 句集』(深夜叢書社 1999年)p.168~169より引用)

 

ヴェネツィアは、古来、東西文明の交流拠点として、繁栄の歴史に彩られた都市国家であり、ルネサンス期には著名な美術家を輩出。また、バロック音楽や新しい即興仮面喜劇の立役者たちを育み、多くの芸術家たちを引き寄せまし た。18世紀末のナポレオン軍の制圧により政治的な求心力は失われましたが、その文化的遺産は、現代の私たちをも魅惑してやみません。それはヨーロッパの 多くの城郭都市の持つやや閉鎖的な気配と異なり、潮のうねりときらめきが織りなすアドリア海の開放的な息吹がもたらしたものではないでしょうか。ボストン美術館の豊富で 貴重なヴェネツィア関係の所蔵品の数々は、永い年月を生き抜いてきたこの街の息遣いをいきいきとお伝えするはずです。